研究概要
金沢大学生物有機化学研究室では,創薬や生命現象の解明に貢献する画期的な技術や分子の開発を目指して研究を行っています。
これまでにトリアジン骨格をベースとして,医薬品と生体分子に多く含まれるカルボン酸アミドやエステルの形成に利用可能な脱水縮合剤(代表例:DMT-MM)や,有機合成に広く役立つアルキル化反応剤(代表例:TriBOT)およびエポキシ化反応剤(代表例:Triazox)など様々な新規反応剤をつくり上げてきました。
脱水縮合反応とアルキル化反応は,創薬研究における登場頻度のトップ3に位置する重要な化学変換です。
当研究室では,反応剤の開発にとどまらず,生体分子(タンパク質・脂質・糖質)などの変換に利用して,生体分子の機能増強をするなど,教室名にもなっている生物有機化学分野の研究にも取り組んでいます。
また,最近では上記のトリアジン系反応剤の開発以外にも,
(i) ひずんだ小員環化合物(アミノシクロプロぺノン)を活用した独自の光反応の開発
(ii) 高度に官能基化されたC2ユニット(ビニル超原子価ヨウ素)の変換方法の開発
(iii) 特異な電荷状態を有する新しい機能性分子(テトラアリールアンモニウム)の創生
(iv) 脱炭素社会の実現に向けた環境負荷の少ない新しい創薬技術の開発
にも取り組んでいます。
主な研究テーマ
1. 創薬・生命科学への応用を目指した新反応 / 新反応剤 / 機能性分子の開発
2. 生体分子の特性を活用した有機触媒並びに有機合成手法の開発
3. 生体分子の機能解明を志向した特異的官能基変換法の開発
1. 創薬・生命科学への応用を目指した新反応 / 新反応剤 / 機能性分子の開発
1-1. トリアジン系反応剤
1,3,5-塩化トリアジンの反応性を解明し,この化合物の誘導体として新しい脱水縮合剤DMT-MMを合成開発しました。DMT-MMを用いるとこれまでの常識を覆して水やアルコール中でカルボン酸とアミンの脱水縮合反応が進行することを明らかにし,糖や核酸など水溶性の極性化合物におけるアミド基導入の簡便法の道を拓きました。この水中での脱水縮合能を利用して,油水界面(脂質二重膜)を反応場とする研究やタンパク質など生体物質への化学修飾による機能改変する研究を行ってきました(後述)。更にDMT-MMを皮切りに,ベンジル基を導入するためのTriBOT,酸化剤Triazoxといった反応剤をこれまでに開発してきています。最近では,TriBOTの反応性解明に基づき新たにカルボカチオン化学の分野へと展開しています。
1-2. アミノシクロプロペノン, ビニル超原子価ヨウ素(ビニルヨーダン)
アミノシクロプロペノン骨格は,高度にひずんだ三員環構造を有し,光照射によって脱水縮合剤が発生することが当研究室により見出されています。脱水縮合剤の発生は,光照射した場所/時間でのみ起こるため,生体内のような3次元的に複雑かつ動的な環境下でも高い選択性で反応を進行させることが期待されます。
ビニルシリル超原子価ヨウ素は,β位が立体選択的に高度に官能基化されたエノールエーテル骨格を有します。エノールエーテル構造は,生理活性物質合成の中で最頻出官能基の一つであるカルボニル基と等価であるため,ビニルシリル超原子価ヨウ素種はα位に複雑構造を持つカルボニル化合物と捉えることができます。当研究室では,この化合物の複雑炭素骨格への変換反応の開発を行っています。
1-3. テトラフェニルアンモニウムと類縁イオン
第四級アンモニウムは,生体分子や医薬品中に幅広く見られる構造です。しかし,4つのベンゼン環が窒素に結合したテトラフェニルアンモニウム(Ph4N+)は,自然界から発見されていない上に化学合成も達成されておらず,存在できるのかどうかすら明らかではありませんでした。有機化学の初学者でも簡単に思い描けるほどごく単純で基本的な化学構造を持つにもかかわらず,誰一人として実際にその姿を見た者はいない・・・そのような「幻のイオン」であるPh4N+の合成に,私たちは世界で初めて成功しました。高い安定性を示すPh4N+は,有用な有機イオンとして幅広い応用が期待されるため,その性質の解明研究を進展させています。
2. 生体分子の特性を活用した有機触媒並びに有機合成手法の開発
酵素は高い特異性や反応加速を示す究極の有機分子触媒であり,その触媒機能の発現には誘導適合効果やアロステリック効果など,様々な原理や仕組みが用いられています。このような機能を分子レベルで解明し,更に改変して化学反応に利用することができれば,新しい創薬技術の開発につながることが期待されます。当研究室では,これまでに蓄積してきたトリアジン系脱水縮合剤の反応性の知見に基づいて,ホストーゲスト相互作用に基づく分子認識を活用した人工アシル基転移酵素を開発しました。そしてその触媒機能(特異性発現や反応加速効果)の解明,不斉合成への応用などに展開してきました。現在では,標的をタンパク質に代え,そのカルボキシル基やアミノ基に対する化学修飾を通じたタンパク質の機能改変に関する研究を行っています。
3. 生体分子の機能解明を志向した特異的官能基変換法の開発